【本】吾輩は天皇なり―熊沢天皇事件/藤巻一保

藤巻一保著「吾輩は天皇なり―熊沢天皇事件」の画像

吾輩は天皇なり―熊沢天皇事件

第二次世界大戦後、多くの「自称天皇」が誕生したが、「自称天皇」の本家本元、「自称天皇」界のビッグネームで知られる(?)のが熊沢天皇(熊沢寛道)である。

「我は南朝の正統なる末裔なり!」
そう主張して昭和天皇を訴えた男、自称天皇・熊沢寛道の世にも数奇なる生涯とは?
また、次々に出現した第二、第三の熊沢天皇とは?
幻想の血脈を求めつづけた怪人たちの悲喜劇を追う異色のドキュメント!

熊沢寛道がなぜ天皇なのか、氏の主張は以下の通りである。ザックリだが。

熊沢家は足利氏から帝位を追われた南朝の後亀山天皇の子孫で、彼自身は分家からの養子だが、系図上は養父とともに後亀山天皇の実系の男系子孫ということになっている。

まぁ、「南北朝時代」という歴史が混濁していた頃のしがらみを出発点にする自称天皇というのは、定番中の定番なので珍しくもなんともない。

熊沢天皇(熊沢寛道)の画像

熊沢天皇(熊沢寛道)

熊沢天皇を自称天皇の代表たらしめているのは、「昭和天皇は正統ではなく、自分こそが正しい天皇だ」として、近衛文麿や東條英機といった当時の要人に上申書を送り続けていたという微妙感の漂う積極性に、「昭和天皇が正統な天皇として不適格である」といった旨の裁判を起こす、といった今なら無謀とも言える行動を繰り返していたことにある。

また、GHQが日本を占拠している頃に、雑誌「ライフ」、AP通信、ロイターなどで熊沢天皇が報道され、日本の新聞各社が追随した結果一挙に有名人となり、熊沢天皇を信じる人、金の臭いを嗅ぎつけて担ぐ人々が集まり、ますます熊沢寛道を天皇道へと進ませることとなった。

そうした熊沢天皇を巡る物語は、今の時代ではまずあり得ないだろう。彼もまた、戦後という時代が生んだスターの一人なのではないだろうか。

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吾輩は天皇なり―熊沢天皇事件